【人物図鑑】産学官の〝変革の旗手〟が明かす、幸せを実現する新たな生き方

福津市 副市長  
松田美幸

福津市 副市長
松田美幸

【まつだ・みゆき】
三重県津市出身、1958年11月18日生、三重大教育学部卒・米イリノイ大大学院修了。1995年に来福、麻生グループ内でシンクタンクを創設。同グループの連結経営への転換を支える。1999年福岡市経営管理委員会委員に就任以降、自治体の行政経営改革、公立病院や大学の経営改革、国の省庁の政策評価や法人評価に関わる。2017年12月福津市副市長に就任。

【3Points of Key Person】

◎福津市副市長をはじめ多方面で活躍する、『バー美幸』ママ
◎福岡市役所の行政改革を手掛け、病院改革や大学改革で実績
◎『持続可能な開発目標(SDGs)』で市民の幸せを実現していく

産学官で変革を生み出す〝チェンジメーカー〟として疾走

貧しかった学生時代、米国留学の奨学金を獲得した彼女は、社会に出てからも留学し、大学院でMBAを取得後、東京で商品開発やマーケティングで活躍する。そして、福岡へ移り住み、国際会計基準に対応とした企業グループの連結経営への転換や組織改革を手掛けた。

その後、福岡市役所への民間経営手法の導入を図る経営管理委員会に唯一の女性委員として参画。これを皮切りに三重県立病院群や神戸市立病院群などの医療機関、九州大学や福岡女子大学などの教育機関で戦略経営や経営改革を手掛ける。

「当時、福岡でグローバル経験をもつ女性が少なかった上に経営コンサルタント的な仕事をしていたこともめずらしかったので、結果的に産学官で変革を生み出していく〝チェンジメーカー〟としての役割を担うようになった」と、松田美幸・福津市副市長はにこやかに語る。

現在、福津市副市長をはじめ、各府省のトップも議員を務める内閣府男女共同参画会議議員、九州経済調査協会地域研究助成・顕彰委員会委員、NPO法人アジア太平洋こども会議イン福岡経営戦略アドバイザー、NPO法人日本ハビタット協会理事など多岐の分野で活躍し、さらに西日本新聞紙上で『提論』執筆者として定期的に健筆を振るう。

「組織や地域のトップやリーダーらが、≪変えたい≫と考えたタイミングで呼ばれることが多い」という松田副市長は、「変革に向けてミッションをもとに実践を重ねていくと、結果的として今いる場において、自分自身の価値も上がった感がある」と、松田副市長は振り返る。

月に1晩だけ、福津市内の集会所や公民館などで開く『バー美幸』のママでもある松田副市長は、「人生の先輩であるシニア世代と次代を担う若者世代、さらには役所の内と外をつなぐ場をしたい」との思いで、お店を切り盛りする。

最近、福岡県内各地で誕生している『バー○○○』シリーズの一翼を担うバー美幸は、参加者が料理一品やお好きなドリンクなどを持ち寄る。出入り自由の気楽な多世代交流会も兼ねた〝地域の寄り合い〟的な雰囲気が魅力的だ。 2018年9月、各地のママ7人が一堂に会して、先進7カ国のG7ならぬ、バーサミット〝B(バー)7〟が大牟田市で開催された。2回目となるバーサミットは〝B20〟に拡大して2019年10月、福津市内での開催を予定している。

〝変革〟の原点となった福岡市役所DNA運動での実体験

「チェンジメーカーとしての原点は、福岡市役所でのDNA運動だった」と、松田副市長は目を細める。
DNA運動とは、≪できる(D)から始めよう≫≪納得(N)できる仕事をしよう≫≪遊び心(A)を忘れずに≫を基本精神にして、行政運営において経営(マネジメント)の概念を導入していくという抜本的な業務改革だった。

松田副市長は、上山信一・慶應義塾大学教授や石井幸孝・元JR九州社長らの組織変革の第一人者とともに管理職の意識改革から取り組み、ドラッカー博士の経営論を踏まえた独自の業務シートも作成した。市役所の職員が主体となって運動を立ち上げて、組織の遺伝子(DNA)を変えていく取り組みは全国的に注目された。

「仕事は明るく、楽しく」をモットーとする松田副市長は、「イソップ童話での北風と太陽なら、太陽戦略を採っていく。その一方で、北風の存在も忘れずに伝えるようにしている」としなやかに取り組んできた。

福岡市役所に続いて依頼された三重県病院事業の改革においては、バランスト・スコアカード(BSC)導入がテーマとなった。BSCとは、財務・顧客・社内ビジネスプロセス・学習と成長の視点で業績管理指標を組み合わせて、戦略実行や業績評価を行う手法だ。松田副市長はBSCの提唱者であるハーバード・ビジネススクールのロバート・キャプラン教授に直接会って教えを受けた上で導入した。その後、九大や福岡女子大などの組織改革でもBSCを取り入れて大きな成果を上げた。

「変革を志向するトップを支える参謀的な役割となる。これまで、トップには非常に恵まれていた」と振り返る松田副市長。もっとも、肝心のトップが変わってしまうと、変革が受け継ぐことなく潰えることも多く、幾度となく苦い思いも経験した。それだけに「変革に取り組む上では、組織のDNAとして受け継がれる仕掛けや風土・気質づくりには特に力を入れている」とのことだ。

自分らしく生きる、〝制約〟を外して〝幸せ〟実現へ

福岡市と北九州市のほぼ中間地点に位置する福津市は玄界灘に面し、玄海国定公園に指定された風光明媚な海岸をもつ。
世界遺産登録の新原・奴山古墳群を有する福津市は、国民健康保険の制度づくりで参考にした定札という相互扶助を行っていた地域でもある。

福津市副市長を務める松田副市長は、「福津市民6万5千人を幸せになってほしい。幸せとは、その人らしく生きることであり、そのためには有形無形のさまざまな制約を外していく必要がある」と挑戦していく姿勢を崩さない。

ジェンダー(社会的性差)格差、貧困・飢餓、不衛生・不健康、恐怖・暴力、不正・不信……。これらの制約を外す取り組みとして、いち早く注目したのが、『持続可能な開発目標(SDGs)』だ。SDGsとは2015年9月の国連サミットにおいて、≪持続可能な開発のための2030アジェンダ≫として採択された国際目標だ。

2030年までに持続可能な世界を実現すべく、17のゴール・169のターゲットを設けて、先進国・発展途上国に関係なく地球上の誰一人も取り残さずに取り組んでいく。福津市では、まちづくり基本構想の策定でSDGsの考え方を導入した。

「いまの自分は、これまでの選択の結果といえる。それだけに自分らしい選択をしていくことが大事になる」と、松田副市長は新たなチャレンジや変革に挑む人たちへエールを贈る。

DATA

名 称:福津市
住 所:福岡県福津市中央1-1-1
発 足:2005年1月24日に宗像郡福間町と同郡津屋崎町が合併して誕生
代表者:市長 原﨑智仁
事  業:地方公共団体
URL:http://city.fukutsu.lg.jp/

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