【人物図鑑】SDGsをテコに〝デザインの力〟で世界的な社会課題の解決に挑む

 九州大学大学院芸術工学研究院 教授 
SDGsデザインユニット長  
井上滋樹

九州大学大学院芸術工学研究院 教授
SDGsデザインユニット長 
井上滋樹

 九州大学大学院芸術工学研究院 教授 
SDGsデザインユニット長  
井上滋樹
九州大学大学院芸術工学研究院 教授
SDGsデザインユニット長 
井上滋樹

【いのうえ・しげき】
東京都出身、1963年2月23日生、立教大学文学部文学科(ドイツ文学専修)卒。1987年博報堂に入社。博報堂CC局情報デザイン1部長、博報堂ダイバーシティデザイン所長、などを歴任。この間、高齢化問題やユニバーサルデザイン、ユニバーサルサービス、環境問題、途上国の貧困層などの社会的テーマに関する調査研究や社会活動に従事した。アートディレクターとしては、弱視者に見やすい文字、印刷物、パッケージデザイン、CM、聴覚障害者向け字幕制作、人間中心設計による店舗、高齢者施設、病院の制作プロデュース、コンサルテーション、講演活動などを行う。一方、社外において慶応義塾大学講師、マサチューセッツ工科大学(MIT)客員研究員、東京大学先端科学技術研究センター交流研究員などを歴任。2017年4月九州大学大学院芸術工学研究院教授に就任した。主な著書として、『ユニバーサルサービス すべての人が響きあう社会へ』(岩波書店)、『〈ユニバーサル〉を創る!』(岩波書店)、『いい考えがやってくる!』(日本経済新聞出版社)などがある。

3Points of Key Person】

◎社会課題の解決に向けてSDGsも援用しながらデザインの力で挑む
◎インド・アフリカで貧困を知り、MITでの研究を経て九大教授に
◎世界初の学生向けSDGsデザイン賞などを通じて次世代の人材育成

デザインはいかにして社会問題を解決していくのか

 九州大学大学院芸術工学研究院 教授 
SDGsデザインユニット長  
井上滋樹

今日、われわれは貧困や環境問題、高齢化などの危機や困難に直面している。世界銀行の定義である1日1.9ドル以下で暮らす絶対的貧困者は7億3600万人で、世界人口の10人に1人となる。
貧困に加えて、世界規模での環境問題が地球温暖化だ。温暖化に大きな影響を与える温室効果ガスの排出量(2017年)は535億トンという記録的な水準で世界の平均気温上昇を1.5~2℃で抑えるには、2017年比で25~55%の削減が求められる。
一方、高齢化が世界的に進むことで、財政や社会保障制度の持続可能性などの問題が問われている。

「デザインには社会を変革する力がある。デザインは、社会課題を日頃のアクションを結びつけていくことで解決していく力を持っている」と、九州大学大学院芸術工学研究院でSDGsデザインユニット長を務める井上滋樹教授は力説する。
井上教授が考えるデザインとは、「課題を発見していろいろなアイデアを出し合うことで、これまで考えつかなかった解決策を生み出すプロセス全体」を指す。カタチのある“モノ”だけでなくサービスや社会システムのデザイン、コミュニケーション計画など幅広い。具体的な事例として、漁網に稚魚を逃がす小穴を空けて乱獲を防ぐ工夫を施した『SafetyNet』が挙げられる。

井上教授が責任者を務めるSDGsデザインユニットが手掛けるSDGs(Sustainable Development Goals)とは、持続可能な世界を実現するために国連が定めた17の目標(ゴール)であり、《地球上の誰一人として取り残さない》ことを誓っている。
この点を踏まえて井上教授は、「貧困や飢餓、地球環境などの社会問題に対して、デザインやクリエィティブの力で解決しようという動きは世界中で加速している。SDGsの目標達成に向けて、デザイン領域から貢献していくSDGsデザインユニットでは、企業・団体、行政などと連携してアイデアを出し合って、具体的にデザインして社会に実装していくことで世界中に普及させていきたい」と意欲的だ。

独文学青年がインド・アフリカで目覚め、いまSDGsに注力

九州大学大学院芸術工学研究院 教授
SDGsデザインユニット長  井上滋樹 

高校時代にドイツ文学に夢中になって文学科ドイツ文学専修へ進学した井上青年はバブル経済前夜の1983年、「世界を見てみたい」とインドへ旅立った。
インドを約1カ月間放浪した2年後、大学を1年休学してアフリカ大陸へ渡って、ザイールでマラリアになったり、ウガンダの内戦地域で弾丸の中を走るなどしてヒッチハイクによる大陸横断を実現した。
この間、現地で目にしたのは、貧困や紛争などに苦しむ住民の姿だった。そして、困難な状況下、課題解決に向けて取り組み多様な支援者の姿勢に感銘を受けた。

帰国後に始めた就職活動では、「大学5年生だった上に当時は、まだ就職活動でハンディを負っていた文学部生であり、実質的に一発勝負で受験したところ、《面白い奴だ》と採ってくれたのが、博報堂だった」と振り返る。
入社後、多くの企業のコミュニケーションを扱う広告会社は、環境問題などの社会的な課題に貢献できるはず、と社内で地球環境プロジェクトを立ち上げて、企業としての環境問題の解決にも力を注いでいた。

転機が訪れたのは、1999年のこと。世界62カ国・4500万人の会員を持つIFA(国際高齢者連盟)が主催するカナダで開催されたユニバーサルデザインをテーマにした『高齢者国際会議』に出席した井上教授は、「車いすの人や白杖の老人、盲導犬と一緒の人、ハンディキャップのある人たちが当然のように国際会議に参加している姿をみて、別世界を見た感覚だった」と振り返る。
会議に参加して、「デザインで世界中の課題を解決できる」ことを実感した。

その後、マサチューセッツ工科大学に客員研究員として赴いた井上教授は、滞米中の2年間で3本の英語論文が学術専門誌に掲載・発表されるという偉業を』を成し遂げ、学生時代に訪れたインド、インドネシアの貧困層を対象とした衛生環境改善、栄養改善、教育普及活動に関する研究活動、商品開発に従事。多様な人向けのデザインに関するこれまでの研究活動をまとめた博士論文で九州大学から学位が贈られて、41歳で博士となった。
2017年4月に同大大学院教授に就任するに至り、生まれ育った東京から福岡に移住。そして、2019年4月に学内にSDGsデザインユニットを立ち上げて、産学官での九州SDGsデザインネットワークを発足させた。

世界初、国内外の学生を対象にSDGsデザイン国際賞を創設

九州大学大学院芸術工学研究院 教授
SDGsデザインユニット長  井上滋樹

井上教授が今年立ち上げたのが世界の学生を対象としたデザインでSDGsに取り組む『SDGs Design International Awards』である。
デザインで世界を変えよう!と世界中に呼びかけたSDGsデザイン国際賞としては世界初となる同賞について井上教授は、「これは人類の課題を解決していくためのアワード。しなやかな感性をもつ学生が世の中を良くしていくアイデアをだしあい世界で共有する新たな仕組み。あつい想いを持った若い人を育てていきたい」と思いを語る。

現在も学術研究や制作実務で国内外を飛び回る井上教授は、「今は変化が激しい時代。ほんの少しでも挑戦してみると、いろいろ実現できる時代になっている。持続可能な社会をつくるという目標を持った面白い人たちが集まって、みんなで楽しく社会課題を解決できれば、これほどやりがいのある仕事はない」と、はつらつとした表情をみせる。

DATA

名 称:九州大学大学院芸術工学研究院
住 所:福岡市南区塩原4-9-1(大橋キャンパス)
創 立:1968年(前身九州芸術工科大学の創立年)
体 制:(学 部)芸術工学部、(大学院)芸術工学府
URL:https://www.sdgs.design.kyushu-u.ac.jp/

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