【人物図鑑】中小企業・小規模事業者への支援を通じて、共に幸せな社会をつくる
一般社団法人中小企業事業推進機構
代表理事
島田晃徳
【しまだ・あきのり】
1964年11月30日生、福井県勝山市出身、立命館大学法学部卒。1989年11月株式会社日本エルシーエーに入社。1992年株式会社傅に入社。1993年株式会社エース総合研究所の合併に伴って、同社国際事業本部に配属。1995年福岡県に移り住み、株式会社テレマーケティングジャパンに入社。2004年2月有限会社人と人総合研究所(現ICI株式会社)を設立。2008年1月社内プロジェクトとして、『事業推進クラブ』を立ち上げる。2008年3月、JIPDECプライバシーマーク審査員登録(~2010年)。2009年9月事業推進クラブを自社から分離して、一般社団法人に改組。代表理事に就任。2011年10月『101プロジェクト』を発足させる。現在、特定非営利活動法人ハッポスプロジェクト理事長、ハッポス合同会社ソーシャル・デザイナー、一般社団法人九州の食事務局長も兼務する。
【3Points of Key Person】
◎ 中小企業・小規模事業者向けの中間支援機関の代表理事
◎ 社会人初日につまずき、波瀾万丈の社会人経験を乗り越える
◎ 仏陀の教えを胸に刻み、幸福な社会づくりに突き進む
中小企業や小規模事業者に向けた中間支援に尽力
毎月第4月曜日の夕暮れ時、ビジネスマン風や経営者然とした人物らが足早にオフィスビルの一角にある会議室へ向かう。
行き先の会場では、複数の登壇者が自社の商品・サービスやビジネスモデルなどを紹介していく。
そして、参加者らは、ワークショップで熱心に語り合って、引き続いての懇親会の場において親睦と交流を深めた。
2020年12月に通算150回目となる月例会を開催した一般社団法人中小企業事業推進機構の島田晃徳代表理事は、「中小企業や小規模事業者を対象とした中間支援を手掛けている。異業種交流会をはじめ、企業マッチングや外部との連携、さらに研修会やワークショップなどを通じて、中小企業などの事業推進を目的に取り組んでいる」と、活動のあらましについて紹介する。
福岡県うきは市都市と山村交流『絆』をはじめ、福岡県産農林水産物輸出等応援農商工連携ファンド事業、中小企業庁地域創業促進支援事業、久留米広域新連携ビジネスセミナー事業、社会起業家交流事業(通称101プロジェクト)、『中小企業がパートナーとして選びたい福岡の30人』出版など、月例会以外にも多彩に活動しており、「社会課題の解決に関心への高い会員が多い。高い志を皆で共有している点やメンバーが各自の強みである経営資源を提供している点も組織の強みになっている」と、島田代表は顔をほころばせる。
同機構発足の背景について、「設立時の2009年は世界的な金融危機の時だった。以前から原油をはじめとする物価が高騰し、中小企業に対する下請け切りや買いたたきが横行して倒産件数が目立ち始めていた。中小企業が単体で危機を乗り超えるのは困難なため、協業する必要性を強く感じた」と、島田代表は明かす。
幾多の困難を乗り越えて、福岡の地で持続的に活動
「中小企業・小規模事業者がつながっていくことによって、新しい商品やサービスが生まれ、新たな価値や市場をつくり出すことができる」「中小企業・小規模事業者を支援していくことで企業や事業のバリューを高めることができる。そして、経営者も元気になり、さらに地域も活性化していく」と考える島田代表は、東証二部上場の経営コンサルティング会社だった株式会社日本エルシーエー出身だ。
もっとも、バブル期の就職活動での内定先は大手化学メーカーだった。
内定後、兼業農家だった実家の都合で辞退して、地元の会計士事務所にUターン就職して実家を継ぐことになる、社会人初日の入社式で就職先に絶望した島田代表は、即日退職した。
そして、実家を出て自活する羽目になった島田代表は、アルバイトで生計を立てながら、第二新卒としての就職活動に励んだ。バイク事故に遭うなどの困難を乗り越えて、新聞広告で見つけた就職先が日本エルシーエーだった。
「即戦力としての中途採用にも関わらず、実力は新卒並みだった」という島田代表は経営コンサルタントとして、医療機関や医療機器メーカー、医薬品卸を対象に経営診断や経営指導を担当した。
《地道に営業の仕事をしたい》という思いから自動車用品商社へ転じたものの、同社が医療コンサルティング会社を傘下に収めた結果、再び医療コンサルタントになる。
その後、同社がアミューズメント系シンクタンクと合併した後、国際事業本部のトップとして米国やドイツ、イスラエルから輸入した自動車用品・部品の営業を手掛けた。販売先である大手自動車メーカーから離島の販売店まで売り歩く中で出会ったのは、厳しい状況下でも前向きに頑張る中小企業経営者の姿だった。「経営コンサルタント時代に覚えた知識を実際に生かして、地域を支える中小企業を応援していきたい」との思いを募っていく。
1995年、義母の看病のために夫人の出身地である福岡へ移り住んだ島田代表は、入社した地元のテレマーケティング会社において、大手通信会社のコールセンターへ責任者として出向した。
その後、社内に開設した事業統括本部のトップとして、事業や人事制度、品質管理を見直す再構築計画を完了させた後、同社を退職した。当時、大手企業はコールセンターを開設して〝電話を武器〟にしたデータ営業や顧客ニーズに基づく商品開発へ乗り出していた。「小規模コールセンターを全国各地に開設して、中小企業からの請負業務を通じて、〝電話を武器〟にした新しい考え方を伝え、営業支援や経営支援を実践していきたい」との思いで2004年2月、中小企業向け経営コンサルティングとコールセンター開設を支援する有限会社人と人総合研究所(現ICI株式会社)を設立し、代表取締役に就いた。
2008年1月、社内に小規模事業者を支援する『事業推進クラブ』を立ち上げた。2009年9月に社内から分離して、一般社団法人中小企業事業推進機構を設立する。
その後の一時期、会社が乗っ取りに遭うという困難も乗り越えてきた島田代表は、「十分とは言えないものの、11年間活動を維持している」と感慨深げだ。
社会活動への支援も介しての幸福な社会づくり
「幸せのとらえ方は多様だ。幸福な社会をつくるためにも、社会のために頑張っている人たちと一緒に取り組み、応援していきたい」と考える島田代表の尊敬する人物は仏陀だ。そして、座右の銘として、仏陀の言葉を挙げる。
Thousands of candles can be lighted from a single candle and the life of the candle will not be shortened. Happiness never decrease by being shared. (蝋燭一本で千本の蝋燭に火を灯せるが、それによってその蝋燭の寿命が短くなることはない。幸福も分かち合うことで決して減ることはない)
「コロナ以前に中小企業・小規模事業者は、売り上げや雇用が下がっていた。コロナ禍で下げ圧力が増しており、仮にコロナ禍が無くなっても厳しさは変わらない」とみる島田代表は、「顧客との密な関係で成り立っている中小企業が今後、どのように変わるのか。中小企業の若い人が未来を担っていける社会をつくっていくためにも、一緒に頑張っていきたい」と、前向きな姿勢を崩さない。
DATA
名 称:一般社団法人中小企業事業推進機構
住 所:福岡市中央区大名2-12-10 第2赤坂ビル
発 足:2008年1月
代表者:代表理事 島田晃徳(ICI株式会社代表取締役)、平井良明(株式会社イーハイブ取締役)、賀村研(株式会社カムラック代表取締役)
事 業:中小企業や正小規模事業者の中間支援。異業種交流会、企業マッチング、他コネクティング、その他研修やワークショップなど
URL:https://www.venhoo.com/
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