【人物図鑑】いま注目のVR・AR・3Dへの応用技術は、〝科学としての心理学〟研究で育まれた

九州大学大学院芸術工学研究院 准教授  
妹尾武治

九州大学大学院芸術工学研究院 准教授 妹 尾 武治
九州大学大学院芸術工学研究院 准教授
妹尾武治

【せのお・たけはる】
千葉県出身、1979年生、東京大学文学部心理学研究室卒~東京大学大学院人文社会系研究科基礎文化研究専攻博士課程修了。心理学博士。専門は知覚(主に視覚)心理学。オーストラリア・ウーロンゴン大学客員研究員も務めた。筋金入りのプロレスマニアである。著書は、『脳がシビれる心理学』(実業之日本社)『おどろきの心理学』(光文社新書)『なぜ脳はだまされるのか』(ちくま新書)『使ってはいけないエセ心理学、使ってもいい心理学』(PHP研究所)など。

【3Points of Key Person】

◎VR・AR・3Dのカギとなる〝ベクション〟の世界的な研究者
◎小説家志望の学生は心理学に目覚め、大家のいる九大へ来た
◎科学としての心理学の面白さを伝える〝伝道師〟でもある

VR・AR・3D技術のカギを握る〝ベクション〟とは一体何か

宇宙での急加速で星が線状になってリアリティを高める映画『スター・ウォーズ』のワープシーン、ポケモンらが現実世界に現れたようなスマホ用ゲーム『ポケモンGO』、ディズニーキャラクターによる楽しい魔法のコンサートを楽しめる東京ディズニーランドの3D体験シアター『ミッキーのフィルハーマジック』、スパイダーマンになった気分でビル街を飛び回る感覚になる世界No.1ライド受賞アトラクションのユニバーサル・スタジオ・ジャパン『アメージング・アドベンチャー・オブ・スパイダーマン・ザ・4ライド4K3D』……。

これらのバーチャル・リアリティー(VR)体験や拡張現実(AR)体験、3次元 (3D)映像体験は、脳が〝錯覚〟を起こすことによって、≪目の前にある現実とは違う現実をバーチャルに体験できる≫のだ。
このような脳の錯覚について、九州大学大学院芸術工学研究院の妹尾武治准教授は、「実際には静止しているのに、視覚情報によって、あたかも自分が移動しているような感覚が引き起こされてしまう現象を『ベクション』(視覚誘導性自己運動感覚)と呼ぶ」と解説する。
わかりやすい身近な事例としては、停車している列車の車窓から、動き出した隣の列車を見ると、あたかも自分の乗っている列車が動いているように感じることを挙げられることが多い。

「ベクションが起こるのは、脳が≪つじつま合わせ≫をするからだ。視覚的に入ってくる情報が、現実的に起こり得ないような≪世界が動いている≫場合、脳は≪自分が動いている≫という感覚になることで情報をつじつま合わせることが最も効率がよい。その結果、≪世界が動いている≫という間違った感覚をつくり出しために自分自身が動いているという錯覚を起こすのだ」
「ベクション研究一筋19年というのは、世界的にもあり得ない稀有な存在」と、自らを語る妹尾准教授は、ベクションの研究に関する論文や業績、活動内容で自他ともに認める世界的な第一人者だ。
「ベクション研究では生理学や脳科学などの科学的な研究成果を活かしながら、〝科学としての心理学〟によって解明している。ベクション研究の結果、人間の認知特性である時間感覚や数覚、記憶などの仕組みの一端も明らかになった」

ベクション研究の進展によって、効果的で効率的なVRやAR、3Dの実現も可能だ。今日、VR・AR・3Dの需要勃興もあって妹尾准教授への世界的な家電メーカーや大手ゲーム会社、さらに自動車メーカーなどからの共同研究の依頼も相次いでいる。
もっとも、ベクション研究をスタートさせた2000年代前半は、「ベクションの研究は心理学の本流でなく、むしろ不当に低く評価されていた。現象の面白さに加えて、反骨精神もあって相当なエネルギーを注ぎ込んで研究していたら、いつの間にか時代がベクション研究に追い付いてきた」と妹尾准教授は感慨深げだ。

小説家志望の文学部生は、いかにして心理学者になったのか

「心理学における行動実験を文章で伝える心理学者は、いわばノンフィクション作家といえる」との持論を展開する妹尾准教授は、私小説などのノンフィクション作家を目指して文学部に進学した。
しかし、文学部は≪文学を研究する場であって、小説家を養成する場ではない≫という現実に直面した。

 失意のなかで、引き続き小説家を目指す上で役立つかもしれないと思って選んだ心理学の魅力に触れて、研究者人生を歩むようになった。
もっとも、心理学の選択に関しては、それまで数多く遭遇した人間関係上のトラブルが、実は自分自身の発達障害に起因するのではないかという懸念もあったという。

 大学院修了時点で目の前に二つの選択肢があった。ひとつは東京の有名私大での助教という安定したポストと、もうひとつは九州大学でのポスドクと呼ばれる将来的な保証のない学術研究員だった。
 日本一の知覚研究者であり、世界有数の心理学者である伊藤裕之・九州大学大学院教授の存在もあって、後者を選んで福岡へ移り住み、ベクション研究に取り組んだ。
「母校の東大と違っていい意味で自尊心を持ち過ぎず、オープンで前向きな九大の気質と風土が私自身の肌に合ったと思う」と、妹尾准教授は目を細める。

社会的に役立つ、科学としての心理学のトリセツあり!?

「心のありようを知るためのツールが、ベクション研究である。真理を追究していくなかで、いわば副次的に生まれてきたのがVR技術であり、リハビリ技術をはじめとする医療分野でのQOL(生活の質)向上であり、VRゲームや3Dゲーム、自動車の運転支援などだ」とする妹尾准教授は今後の研究について10年、20年単位の時間軸で考えた上で取り組む必要があると考える。

「社会の役に立ちたいと強く思っている。ベクション研究に限らず、心理学にもとづいた科学的な裏付けとなるエビデンスについて確かめたい方々にも研究室のサイトをみてアプローチしていただきたい」とする妹尾准教授は現在、美容業界における心理的な効果の数値化にも取り組んでいる。

『脳は、なぜあなたをだますのか』『ベクションとは何だ!?』『脳がシビれる心理学』『使ってはいけないエセ心理学 使ってもいい心理学』などの一般向け啓蒙書や教科書を書いた妹尾准教授は長年、大手広告代理店と取り組んできた広告効果に関する心理学的なアプローチによる共同研究の成果を年内に出版する予定だ。

 その一方で、大衆に迎合しながら扇動していく『ポピュリズム心理学』や一言でお悩み解決をうたう『ワンフレーズ心理テクニック』とは一線を画す。
その上で、「科学としての心理学の面白さが伝わっていないという事実を踏まえて、本物の心理学が持つ本来の醍醐味を伝えていきたい」と考える妹尾准教授は、心理学や科学に興味をもつ人たちの集まり(サイエンスカフェなどの勉強会)に〝心理学の伝道師〟として足を運ぶ。

DATA

名 称:九州大学大学院芸術工学府
住 所:福岡市南区塩原4-9-1(大橋キャンパス)
創 立:1968年(前身九州芸術工科大学の創立年)
体 制:(学 部)芸術工学部、(大学院)芸術工学府
URL:http://senotake.jp/

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