【人物図鑑】日本初の土木広報会社を創業したのは文系・広告業界出身の熱烈土木ファン

【人物図鑑】日本初の土木広報会社を創業したのは文系・広告業界出身の熱烈土木ファン

株式会社ドボクのミカタ
代表取締役
小川慎太郎

【おがわ・しんたろう】
1971年7月21日生、北九州市小倉北区出身、福岡県立小倉西高校卒~福岡大学経済学部経済学科卒。1994年4月、株式会社アデランスに入社、翌1995年1月に阪神・淡路大震災で被災し、福岡勤務となる。1994年4月、株式会社アデランスに入社し関西支社勤務となる。翌年、阪神・淡路大震災で被災し、地元福岡に戻る。1994年3月、学生時代にアルバイトをしていた広告企画制作会社、株式会社ブレイクスルーに転職。同社でマーケティングやセールスプロモーションなどを手掛ける。2017年5月に独立・起業。株式会社ディレットプラスを設立し、2022年9月、社名を株式会社ドボクのミカタに変更。趣味はゴルフ、読書、F1観戦、演劇。モットーは「やる気よりやれる気」。

【3Points of Key Person】

日本初の土木広報会社を創業、日本唯一の土木広報コンサルタント
◎ 土木イベントが転機となり、文系出身の広告マンが土木広報へ転身
◎ 土木業界の味方であり、一般市民の土木の見方を変えていく

土木業界をはじめ建設産業全般の広報業務を担う

株式会社ドボクのミカタ 代表取締役 小川慎太郎

全国1億2,000万人の土木ユーザーに届く土木広報を━━。
株式会社ドボクのミカタの小川慎太郎代表取締役・土木広報コンサルタントは、「いままで土木広報を専門にやっている人と出会ったことがない」と笑う。
土木広報を提唱している公益社団法人土木学会は、その定義について「土木が社会に果たしている役割を市民に正しく理解してもらうための活動である」とする。


道路、橋梁、ダム、堤防……。土木の世界は、身近で広範囲におよぶ。
「土木広報を通じて土木業界の活性化を図り、生活インフラを守っていくためにも第三者の視点で土木・建設分野を楽しく正しく伝えていきたい」と語る小川代表は、コンサルティングや動画制作、研修・セミナーを手掛ける。
もともと文系で広告業界出身であり、「土木業界の人たちからは最初、<なぜ土木分野へ参入したのか><土木業界向けの専門会社があったのか>と驚かれることが多い」ことを明かす。
熱烈な土木ファンであり、土木偏愛者を自認する小川代表は、「土木業界では、これまで広報を重視してこなかった。業界的には、むしろ目立たないように努めてきた経緯もあった。土木業界は結果、良くも悪くも社会的に振り向かれない業界になってしまった」との見方を示す。


昨今、社会問題化している人手不足についても「大手企業はそれなりに人材採用ができている一方、大半を占める地域の建設業は厳しい状況にある。土木業界は、3K的なイメージが先行して、親族に土木関係者がいない場合、就職先としての選択肢にさえなり得ないことも少なくない」と、小川代表は実情を語る。
もっとも、土木業界の実像について、小川代表は、「以前に比べると労働環境や待遇面は飛躍的に改善されてきており、給与も高水準。何より技術力を身につけることで、どこに行っても活躍できる仕事である」との見解を示す。

「広報という発想や習慣が業界的に無かったことに加えて、モノづくりの業界だけにカタチの無いモノを評価しない体質も壁やハードルになっている。そのため、本気で広報に取り組む会社はごくわずかしかない」という現実に小川代表は、直面してきた。
その一方で「広報に力を入れて、社内外に発信する情報量が増えると、社内が明るくなり、社員の人間関係も良くなって、離職率も下がっていく。〝見られている〟という意識が芽生え、整理整頓も行き届き、笑顔あふれる働きやすい職場になっていくことが多い」と、小川代表は相好を崩す。

阪神大震災で被災。土木イベントが人生の転機となる

株式会社ドボクのミカタ 代表取締役 小川慎太郎

1994年に新卒で入社した全国区の上場企業での初任地は関西支社であり、兵庫県宝塚市へ移り住んだ。
翌1995年1月に遭遇したのは、阪神・淡路大震災だった。
その後、福岡に戻り、学生時代にアルバイトをしていた地元の広告企画制作会社に転職した。

長年、同社でマーケティングやセールスプロモーションなどを手掛けてきたある日、土木業界の友人からの声掛けで土木関係のイベントを手伝うことになった。
当初、土木と建築の区別もつかずに参加した小川代表は、1年に及ぶ打ち合わせの中で土木技術者の話を聞くうちに土木に関心を抱き、すっかり土木ファンになった。
イベント当日、山王公園グラウンド地下にある『山王2号雨水調整池』の親子見学会では、あたかも巨大な地下神殿のような構造物に驚く声や圧倒された姿が見られた。
そして、見学会の現場では、「普段は寡黙な土木技術者らが、目を輝かせてながら、生き生きとした表情で説明している姿に感動を覚えた」という小川代表はイベント終了後、興奮冷めやらぬ余韻と共に頬を一筋の涙が走った。

「伝わらなければ、存在しないのと同じだ。これからの人生をかけて、土木業界の魅力や意義を伝えていき、土木業界を人気業種にしていこう」との思いで2017年5月、日本初の土木広報専門会社を立ち上げた。
創業時、従来の広告関係の仕事が大半を占め、土木広報の仕事はわずかだった。
独立して3年を経て、新型コロナウイルス感染症による世界的なパンデミックが到来すると、実に仕事の9割余りが吹き飛んだ。

「コロナ禍の期間中、仕事は無くなったものの、考える時間は十分あった。土木広報をやりたいという初心に立ち返り、土木広報に全集中で振り切っていこう」と決断する。
そして、決意表明を兼ねて社名を株式会社ドボクのミカタに改め、リスタートを切った。
さらにYouTubeチャンネルも開設した小川代表は、「広報活動を頑張りたい土木業界の味方であり、一般市民の土木業界に対する見方を変えていきながら、三方良しの精神を大切にしている」と自らの思いを語る。
一連の取り組みは、2024年1月に開催された土木広報大賞において、企画部門の準優秀部門賞の受賞につながった。

「土木業界は、もっと日の当たる人気職業になれる」

株式会社ドボクのミカタ 代表取締役 小川慎太郎

「土木業界が衰退すると、国土自体も衰退していく。豊かで便利な生活基盤が一転して、不便で不安定な世の中になりかねない」との危惧を抱く小川代表は、「土木業界は、もっと日の当たる人気職業になれる。地元で生まれ育った若者が、地元のインフラを支える仕事に就いて、地元の経済も回していきながら、安全で安心な街・地域となっていく循環を起こすことができたら、本当に嬉しい」と、笑みを浮かべる。

「一人でやれることは限られている。SNS専門家や映像クリエイター、グラフィックデザイナーらでチームを組んでおり、私自身はプロデューサ役だ」とする小川代表の取り組みは日々、未来へのつち音となって、いま響き始めている。

DATA

名 称株式会社ドボクのミカタ
住 所:福岡市中央区薬院2-4-27
創 業:2017年5月
代表者:代表取締役・土木広報コンサルタント 小川慎太郎
事 業:土木業界の広報・PRに関するコンサルティング
URLhttps://dnm.jp/

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