【人物図鑑】北九州・黒崎~中間~直方を結ぶローカル鉄道は地域と伴走し続ける

【画像】筑豊電気鉄道株式会社 代表取締役社長 永尾亮二

筑豊電気鉄道株式会社
代表取締役社長
永尾亮二

【画像】筑豊電気鉄道株式会社 代表取締役社長 永尾亮二
筑豊電気鉄道株式会社
代表取締役社長
永尾亮二

【ながお・りょうじ】
1965年生、福岡県出身1988年4月西日本鉄道株式会社に入社、同社電車局営業部業務課長、2012年7月筑豊電気鉄道取締役電車事業部長、2013年7月西鉄テクノサービス常務取締役、2015年6月西鉄ステーションサービス社長を経て、2017年6月筑豊電気鉄道代表取締役社長に就任。

【3Points of Key Person】

◎西鉄グループである筑豊電鉄の社長として、企業経営の舵を取る
◎輸送人員の低迷が続く中、高齢化・人口減が進む地域との連携に取り組む
◎地域住民に〝マイトレイン〟と思ってもらえるよう努める

福岡~北九州の高速鉄道計画で誕生した筑豊電鉄

【画像】筑豊電気鉄道株式会社 代表取締役社長 永尾亮二

北九州市の副都心である黒崎から中間市を通って、直方市まで結ぶ筑豊電気鉄道は、年間448万人を運ぶ沿線地域の大動脈だ。
現在、営業距離16㌔の筑豊電鉄は1951年の設立時、黒崎を起点に筑豊炭田の中心都市である直方市や飯塚市を経て、福岡市へ至る延長57.4㌔の高速鉄道として計画されていた。

「1956年に開業して以来、早朝から夜中まで列車を運行させて、車両が走っていない夜間も保守作業にあたるなど24時間稼動している。そして、1年365日休むことなく、64年余り安全に走る続けている。それは全て従業員一人ひとりの力によるもの」と、筑豊電気鉄道株式会社の永尾亮二代表取締役社長は、にこやかな表情をみせる。

今回、大きな傷跡を残したコロナ禍によって医療従事者をはじめ、エネルギーや通信、衛生などの〝必要不可欠〟な分野で働いて社会を支えるエッセンシャルワーカーの存在が注目を集めている。
このような社会情勢も踏まえながら、「われわれ鉄道会社は、エッセンシャルワーカーをはじめ働く人たちや通学生、買い物客、通院者らいろいろな人たちを運輸面から支える、〝エッセンシャルトレイン〟としての使命感を持って、日々の業務に取り組んでいる」と、永尾社長は自分たちの役割を説く。

もっとも、足元の経営状況は、マイカーの普及や長年の沿線人口減や高齢化などに加えて、今回のコロナ禍による輸送人員減もあって、他のローカル鉄道と同様に厳しさを増す。
かつて相互乗り入れをしていた西鉄北九州線が北九州市内を走っていた往時、直方から門司まで鉄路でつながっていた筑豊電鉄の輸送人員は、ピーク時の1974年に2000万人超だった。しかし、現状は最盛期の2割強まで落ち込んでいる。

「本業である鉄道事業に加えて、広告事業をはじめ貸店舗事業や駐車場経営などの関連事業にも力を入れて取り組んでいる」と、永尾社長をはじめ同社社員やスタッフは奮闘する。
車両の車体全面を広告媒体としたラッピング電車として、『ギラヴァンツ号』『北九州銀行号』『日本赤十字社 けんけつちゃん号』『bizdoco号』『mikuni号』などが走っている。
また、定期券客向けに関連駐車場の料金を割り引く『月極パーク&ライドサービス』も始めた。さらに2020年3月に9時~17時の時間帯に筑豊電鉄全線を乗り放題できる『昼割全線フリー定期券』も投入して、高齢化が進む沿線地域内でのマイカー利用から公共交通利用への転換を図っている。

一方、角打ちの発祥地という地域性を踏まえ、『北九州角打ち文化研究会』の協力を得て、西鉄旅行とのタイアップによって北九州市内の蔵元である溝上酒造の日本酒を味わう角打ち列車『天心号』の運行実施に向けて調整中だ。

地域との〝二人三脚〟で〝笑顔あふれる明日〟へ

【画像】筑豊電気鉄道株式会社 代表取締役社長 永尾亮二

「鉄道が好きだったこともあるが、地域に根差した会社であり、地域と共に歩みながら地域を良くしていきたいとの思いが強かった」という永尾社長は1988年4月、西日本鉄道株式会社に入社し、電車局営業部業務課長、筑豊電気鉄道取締役電車事業部長、西鉄テクノサービス常務取締役、西鉄ステーションサービス社長を経て、2017年6月筑豊電鉄の代表取締役社長に就任した。
社長就任1年目に制定した企業スローガン「笑顔あふれる『明日』を創る」は、課長以上で何度も意見を出し合って作成し、社員の声も聞いた上で作り上げた。

2018年11月に日本で初めてといわれる、2種類の車体塗装を列車の左右両面に塗り分けた〝両面同時塗装〟の列車を登場させて、鉄道ファンの間で話題となった。
「日頃、〝答えは従業員一人ひとりが持っている〟と考える。筑豊電鉄の開業時塗装である西鉄マルーン&ベージュ塗装と対象車両の初代塗装だった黄電塗装の二択しか考えていなかった中、社員から同時に両面に塗り分ける案が出てきて、社内で投票した結果、両面案が支持を得た。その結果が評価された」と、永尾社長は明かす。

「鉄道は地域と地域を結び、人と人とをつなげる。われわれも鉄道事業で地域を盛り上げていきたい」とする永尾社長は、地域の活動に飛び込んで汗をかく。
まちづくり推進を行う『副都心黒崎開発推進会議』や各種地元グループの会合に参加し、同推進会議の『地域づくりマネージャー養成塾』や地域活性化をうたう『タウンドシップスクール・黒崎まちの合唱部』の一員としても活動する。

一方、乗客減に苦しむ中で国や県、沿線3市からは新型車両の導入支援などを受けた。
また、副都心黒崎開発推進会議や中間市の地域団体から貸切列車を用いた『ちくてつ応援イベント』開催などの協力を得た。
さらに井筒屋黒崎店の撤退やクロサキメイトの閉店を控え、同推進会議内に『ちくてつ応援団』を作る構想もある。
「中間市制60周年式典で福田健次市長が、《炭鉱のまちだった中間市が炭鉱閉山後、住宅開発によってベッドタウンへ生まれ変わることができたのは、筑豊電鉄があったから》とあいさつされ、地域のために貢献する意義を改めて認識した」と、永尾社長は真摯に語る。

地域との連携で〝マイトレイン〟へ醸成していく

【画像】筑豊電気鉄道株式会社 代表取締役社長 永尾亮二

地域の方々と連携していく中で〝マイトレイン〟として意識されるようになりたい。日頃乗っていない方々にも地域に鉄道が存在すること自体の価値を実感してもらえるように、まずは一度乗っていただけるように努力していきたい」と、有言実行で臨む永尾社長が尊敬する人物として挙げるのは、九州・アジア経営塾(KAIL)の初代塾長だった四島司元福岡シティ銀行頭取だった。

「いま思えば、課長時代の自分自身の仕事ぶりは、与えられた仕事をこなすだけだった。KAILで四島塾長と出会って、自分の目指す北極星を見出してぶれない軸を持つことの大切さを知った。KAILで学びは、いま生きている」と目を細める。

路面電車タイプのかわいらしい小型車両を用いるローカル鉄道は、今日も北九州の副都心・黒崎と中間、直方のまちを結んで走り続ける。

DATA

名 称:筑豊電気鉄道株式会社
住 所:福岡県中間市鍋山町1-6
設 立:1951年2月15日
代表者:代表取締役社長 永尾亮二
事 業:鉄道事業、広告事業、貸店舗事業、駐車場経営
URLhttp://www.chikutetsu.co.jp/

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