【人物図鑑】アーバンデザインで挑む、人口減少時代における都市の新たな未来像

九州大学大学院人間環境学研究院
教授
黒瀨武史

九州大学大学院人間環境学研究院
准教授
黒瀨武史

【くろせ・たけふみ】
熊本県八代市出身、1981年生、東京大学工学部都市工学科卒~東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻修了。2006年4月株式会社日建設計に入社、プロジェクト開発部門都市デザイン室に勤務後、2010年10月東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻助教、2016年4月九州大学大学院人間環境学研究院都市・建築学部門准教授、2021年4月同教授に就任。専門は都市デザイン・都市計画、なかでも工場跡地の再生や人口減少都市の再生を近年の研究テーマとする。著書に『米国のブラウンフィールド再生 ―工場跡地から都市を再生する―』『アーバンデザイン講座』(共著)などがある。

【3Points of Key Person】

◎アーバンデザインの専門家として、学生らとまちづくりに取り組む
◎東大に学び、日建設計で海外の都市を手掛け、東大を経て九大へ
◎人口減少時代を迎え、アーバンデザインの普及と浸透を図る

将来的に都市部で起きる〝限界集落〟への〝処方箋〟とは

2015年1445万人から2045年1200万人へ――。
国立社会保障・人口問題研究所の将来推計人口によると、2045年の総人口は2015年比で17パーセント減の1200万人に減少する見込みだ。今後30年間で佐賀県と鹿児島県に相当する人口が減ることになる。
このような人口減少社会に対して、九州大学大学院の黒瀨武史准教授は、まちづくりの新たな手法であるアーバンデザインを携えて立ち向かう。

「人口が増えているから、幸せだとは必ずしもいえない。むしろ、人口が減っていても、創意工夫をすることで幸せになれて、豊かに暮らすこともできる。都市で暮らす人々にとっての心地良さや幸せ、豊かさなどを下支えしていくのが、アーバンデザインだ」と、黒瀬教授はアーバンデザインについて解説する。

産業革命以降、都市の人口急増に対して、建築・土木・ランドスケープなどは専門化・細分化していった。これらの垣根を超えて、人間の目線で都市のありようを問い直していくのが、1960年代後半に登場したアーバンデザインだ。
「都市全体を設計するのではなく、都市の生い立ちや歴史を丁寧に読み解いていくアーバンデザインは、都市を形づくる≪モノ≫や≪ヒト≫の関係をデザインし直すことで心地良い都市空間へ創り出していく」と、黒瀨教授は説く。

黒瀨教授の研究テーマは≪土壌汚染を抱えた工場跡地の再生≫と≪人口減少時代の都市デザイン≫だ。研究対象となる典型的な都市が、米国・デトロイトだった。
かつて〝全米随一のモーターシティー〟と称されたデトロイトは全盛期に人口180万人を数えた。しかし、その後の大手自動車会社の相次ぐ経営破綻で人口はピーク時の1/3強の60万人台まで減少した結果、失業率や貧困率の高さに加えて治安の悪さから〝世界の治安ワースト10都市〟と呼ばれるまでになった。

このような状況下、工場周辺の空き家・空き地対策として、区画整理による宅地拡大や菜園付き住宅の開発などの草の根活動が起きた。また、活動を支援する慈善財団が都市再生計画を提出するなどの独自の動きもみられたのだ。
このような海外における先行事例の研究成果は、福岡都市圏でも適用できる。高度経済成長で一気に開発された郊外の大型住宅地では今後、高齢化による空き家増加による〝限界集落化〟が懸念されており、その〝処方箋〟になり得るのだ。

最近、黒瀨教授が注目するのは、都心における公共空間や公開空地の活用だ。
「福岡市・天神の場合、再整備した警固公園とソラリアプラザ1階のゾファーにおける屋内外の一体化による公共空間の構成は高く評価できる。一方、十分に生かされていない公共空間や公開空地も数多くみられる」と指摘する。
今後、都心部の空間活用を学生たちの研究フィールドワークの場として活用していくとともに各公共空間・公開空地を評価・顕彰することで利用促進を図っていく考えだ。
また、不動産会社からの委託研究で取り組む福岡市・大名地区における〝大名らしさ〟の実態調査でも学生らが〝足〟で調べていく。

海外で学んだ、アーバンデザインで高まる都市の価値

現在、アーバンデザインを専門とする黒瀨教授は子どもの頃、地図が大好きな少年だった。中学時代は地理に強い興味を抱いていた。
高校進学後は、ラグビーの練習に明け暮れながらも、夜は天文観測に夢中になっていた高校生だった

東京大学への入学時、天文学や宇宙物理学などの分野を志したものの、同級生らのレベルの高さに圧倒されて挫折し、天文・宇宙分野へ進むことを断念した。
当時、住んでいた東京・下北沢周辺で〝まちの面白さ〟や〝まちの懐の深さ〟に触れて、都市そのものへの興味と関心を深めて、まちづくりに魅かれていった。
そして、都市デザイン研究室へ進み、日本におけるアーバンデザインのパイオニアだった北澤猛教授に師事した。大学院時代、蔵のまち・喜多方でのフィールドワークを通じて地域に飛び込み、住民らと交わるなかでまちの見方や関わり方、そしてプロジェクトの回し方などをまちづくりの現場で学んだ。

就職先の日建設計では入社1年目から担当した大型案件が中止され、会社から改めて命じられたのが、海外での都市再生と大型都市開発の計画・設計だった。
2010年には、ベトナム・ホーチミン市のプロジェクトでは行政側のコンサルタントとしてマスタープラン作成に向けて、開発業者らとの協議と議論を重ねた。
「自分たちが策定した計画が、日々の生活のなかで人々が使い、思い出の場所などになることが嬉しく、やりがいを感じた。そして、アーバンデザインによって、都市の価値が高まることを実感できた」と黒瀨教授は目を細める。

その後、東大に呼び戻されて助教に就任した時に起きた東日本大震災復興では、被災地の北端にあたる岩手県大槌町に入って、住民主体の復興に向けて汗を流した。
そして、2016年4月九州大学に准教授として赴任して、九州の地へ戻って来た。

「あなたもアーバンデザイナーになれる」

「今後の人口減少時代において、都市をあるべき姿や、何に取り組むべきかなどについての明確な答えは、現時点において無い」と、黒瀨教授は明かす。

今日、個人における豊かさの価値観は個別的で多様だ。
その一方で、都市に暮らす人々が活動していく上での素地については、「いくつかの共通項があり、〝良い素地のつくり方〟や〝正しい耕し方〟を探求して体系化できたら、新たな学問になり得る」と考える黒准教授は、「都市で暮らす人々の生活を豊かにしていくアーバンデザインは自分の感性や市民感覚を大切にしながら、それぞれの関係性をつなぎ合わせていく学問なので、専門家でなくてもアーバンデザイナーになれる」とのメッセージを発信する。

DATA

名 称:九州大学都市設計研究室
    (九州大学大学院人間環境学府 都市共生デザイン専攻)
住 所:福岡市西区元岡744 イースト1号館 E-A-334号室
発 足:2016年4月
代表者:教授 黒瀨武史
活 動:人口減少と縮退に対応するアーバンデザイン
民間開発による公共的空間の創出と活用
産業遺産・工場跡地・遊休港湾の再生
都市空間の形成過程を踏まえたアーバンデザイン
URL:https://www.ud.arch.kyushu-u.ac.jp/

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