【人物図鑑】日本におけるイノベーションの〝旗手〟が考える社会と未来との関係

株式会社リ・パブリック共同代表
九州大学客員教授
田村大

株式会社リ・パブリック 共同代表
田村大

【たむら・ひろし】
神奈川県出身、1971年4月4日生、神奈川県横浜市出身。東京大学文学部心理学科卒、同大学院情報学環・学際情報学府博士課程単位取得退学。1994年博報堂に入社。デジタルメディアの研究・事業開発などを手掛けて、イノベーションラボに参加。2013 年に退職して、株式会社リ・パブリックを設立。2009年、東京大学工学系研究科の堀井秀之教授とともにイノベーションリーダーを育成する学際教育プログラム・東京大学i.schoolを立ち上げる。現在、九州大学・北陸先端科学技術大学院大学で客員教授を兼任。

【3Points of Key Person】

◎持続的にイノベーションが起こる生態系を研究して実践する
◎コンピューターサイエンスから転じたイノベーション専門家
◎BtoCビジネスでイノベーションの新たな方程式を見出していく

イノベーションのためのシンク・アンド・ドゥタンク

イノベーションの研究者であり、実践者・実務者でもある田村大株式会社リ・パブリック共同代表は、「どのような条件や環境だと、イノベーションが起きやすいかなどについて、経験値だけでなく、科学的かつ理論的に取り組んでいる」と自らのライフワークについて語る。

イノベーションとは、人間や社会に対して新しい価値を創造していくラディカルな変化であり、一旦起こると後戻りできなくなる現象だ。田村代表は、自ら経営する株式会社リ・パブリックを「持続的にイノベーションが起こる生態系(=エコシステム)を研究し(Think)、実践する(Do)、シンク・アンド・ドゥタンク。新たな変化を生み出すプロジェクトを構想して、共感する人たちと実験と実践を繰り返していくことでイノベーションが起こり続ける環境を編み、そのプロセスやコミュニティの分析を通じてイノベーションの理論を構築する」と解説する。

福岡と東京を拠点に世界的な活躍をみせるイノベーションのシンク・アンド・ドゥタンクであるリ・パブリックが手掛けるプロジェクトもユニークで多彩だ。

産学官連携によるイノベーター輩出で都市にイノベーションを起こしていく市民主体のプラットフォーム『イノベーションスタジオ福岡』、世界に通用する博多織クリエイター・プロデューサーの育成を目的にデザイン実務家・研究者との共同作業で学ぶ『博多織DC』、佐賀県の伝統工芸品プロモーション事業として暮らしのデザインや再編集でモノづくりを地域の魅力に再生する『ニューノーマル〜佐賀発!ものの「地産地育」運動』、〝イノベーション立県〟を目指す広島県で100社の若手イノベーターを発掘・育成していく『イノベーターズ100(ハンドレッド)』……。

 これらのプロジェクトにおいては、行政や民間企業、大学などと共同で取り組むことが多い。「私たちが得意なのは、ビジョンづくりやプランづくり」とする田村代表は、「自分たちの問題意識や構想・プランなどを情報発信していくなかで、共感してくれた自治体や企業、大学などの関係者らと一緒になって、プロジェクトとして具体化していくケースが多い」ということだ。

東大のコンピューター科学の研究者が転じて、イノベーションの専門家となる

類学的なフィールドワークの手法を取り入れて、新商品や新たなアイデアを創出していく「ビジネス・エスノグラフィ」の提唱者としても知られる田村代表は、本来コンピューターサイエンスの研究者だった。

東京大学大学院時代、国産基本ソフト『TRON』開発者の坂村健教授に師事してAIの研究に取り組んだ。イノベーションが日常的な存在だった研究環境下、「AIというテクノロジー自体よりもイノベーションが起きる環境や要因・背景などに関心を持つようになった」という田村代表の研究対象は、AIからイノベーションそのものへ移行していった。

21世紀初頭の当時、日本においてイノベーションプロセスの研究者が他にいなかったため、海外のイノベーション研究者や実践者からの問い合わせや案件などの日本の窓口を一手に引き受ける役回りとなった。そして、若手研究者ながらも内閣府や経済産業省、科学技術振興機構などのイノベーションに関する研究会委員も数多く歴任した。

 イノベーションを専門的に手掛けるようになってから、田村代表が心掛けていることの一つが、「3年に1回、やっているコトを変える。それまで背負ってきたモノをリセットして、新たなチャンレンジをしていく」ことだ。これまでの歩みの中で大きな転換点となった出来事として、東日本大震災を挙げる。

震災直後に仙台や気仙沼などの被災地へ支援活動で現地入りした田村代表は、「何のために社会と関わるのか」「なぜ、仕事をするのか」「社会が良くなるためにできるコトは何か」などについて被災地の現場で真剣に考えた。

そうしたなか、気仙沼で実施した地域を考えるプロジェクトに参加した女子高校生が発した≪いままで、どうしようもない地域だと思い込んで早く都会へ出たかった。しかし、今回、地域には隠れた魅力や可能性を知って自分で掘り起こしていきたいので、ここで生きていこうと思う≫という言葉を胸に深く刻んだ。

そして、田村代表は2013年4月、勤務先の博報堂と東大を辞めて、以前から仕事で度々訪れていた福岡/九州へ家族3人で移り住んだ。

BtoCで社会にインパクトを与え、新たなカルチャーを創出

福岡移住も2クール・6年目となった田村代表は、「いままで企業や行政機関などとの対法人向けのBtoBビジネスが中心だったが、今後は自分たちが事業主体となった消費者向けのBtoCビジネスをやっていく」との決断を下した。
田村代表がBtoCビジネスとして手掛けるのは、自転車だ。福岡県朝倉市で産声を上げた自転車ブランド『Bike is Life』プロジェクトに参画して、「九州に自転車のカルチャーをつくっていきたい。そして、九州での暮らしを五感で実感できるようにしていく」と思い描く。

その根底には、「BtoCビジネスを徹底的にやっていくと、社会的にインパクトを与えることができ、新たなカルチャーをつくり出すことができる。BtoCビジネスにおけるイノベーションの方程式を見出していく」という考えがある。
これからの人々の生き方として、「近代を生きる人間の権利である〝自由〟が大事」と考える田村代表は、権利にともなう義務として〝寛容〟を上げる。

「日本人は滅私奉公に代表される自己犠牲を尊ぶ傾向があるものの、本来自分のために生きることが大事であり、それを認め合う価値観が社会に共有されているべき。そこから変化を恐れない人々の行動が立ち起こってくる」
ヒトを起点としたイノベーションに取り組む田村代表は、人間や社会に新しい価値を創造していくラディカルで不可逆的な変化であるイノベーションと真摯に向き合い続ける。

DATA

名 称:株式会社リ・パブリック
住 所:東京都文京区湯島 2-26-5
福岡支社:福岡市中央区薬院 3-12-22 美山ビル 302
設 立:2013年
代表者:共同代表 田村大、市川文子、内田友紀
事  業:オープンR&D、シビックフューチャーズ、イノベーション教育など
URL:https://re-public.jp/

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